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(独)理化学研究所 筑波研究所 バイオリソースセンター

変異マウス開発4:遺伝か環境か、それとも?
(常陽新聞連載「ふしぎを追って」)

 

今月は選抜高校野球が開催されます。スポーツや勉強に励んでいる時に、どのくらいが自分の頑張り次第で、どのくらいが遺伝的に最初から決まっているのだろうと考えたことはありませんか。

髪の色、目の色、そして、カエルからはカエルが産まれるといった、環境を変えても変わりようがない部分を「遺伝による」もしくは単純に「遺伝」といいます。ヒトはどんなに努力してもゾウより大きくはなりませんしマウスより小さくもなりません。

しかし2bを越えるバスケットボール選手はいますし、髪の色も日に焼けたり染めたりすれば変わります。年をとれば白髪も増えます。与えられたゲノム(=遺伝)と環境(=外的要因)で、遺伝子発現と機能は、ある範囲で変わりうるのです。

突然変異マウスの開発は、ゲノムDNAが変わると遺伝子発現がどのように変わり、生きたマウスにどのような変化が現れるか、そして、どこまでが遺伝でどこまでが環境かを知るためのモデルにもなります。

さて、ゲノムDNAの四つの塩基の並びが遺伝子となり、一つのタンパク質を発現すると、分子生物学の教科書には書いてあります。ところが、ヒトゲノム解読の結果、ヒトゲノム30億塩基の配列のうちタンパク質になる部分は、わずか1%ほどということがわかりました。残りの99%のほとんどが実は何をしているのか、まだよくわかっていません。進化の過程で勝手に増えた「利己的遺伝子(*1)」で何の働きももたない「ガラクタDNA」がその大部分だ、という説も提唱されているほどです。

3千万の点突然変異を蓄積した理研の変異マウスリソース1万系統には、タンパク質を発現するゲノム配列にも、残り99%の配列にも、同様に突然変異が生じています。もし本当に利己的遺伝子でガラクタであれば、そういった配列に点突然変異をもつマウスは普通のマウスと全く違いがないはずです。

イチローのように毎年200本以上の安打を打つために必要な動体視力を持つには、どういった遺伝子が、いつどのように機能すればいいか、それはタンパク質なのか、もしくは今ガラクタと考えられているDNAの働きなのか―近い将来、突然変異マウスの研究から明らかになるかもしれません。


*1: (注)利己的遺伝子という言葉は、リチャード・ドーキンス博士著「Selfish Gene」(1976年)によって一般にもよく知られるようになった。タイトルの日本語訳である。


図)環境や臓器、年齢によって、ゲノムに記載された遺伝子から発現してくるタンパク質が変わります。発現する量やタイミングも変わります。紫外線を浴びると日焼けする、トレーニングで筋肉がつく、食べると太る、いずれも外的要因による変化ですが、その変化も実は遺伝子の働きで変わっているのです。
図の「アクチン」「消化酵素」は、そういった遺伝子から作られるタンパク質のごく一部です。親から受け継いだ遺伝子によっては、紫外線を浴びると皮膚がんをおこしてしまうことがあります。どんなに筋トレをしても筋肉が落ちていく筋ジストロフィー症、血糖値が上がっても元に戻らない糖尿病なども、そのような遺伝の例です。

(新規変異マウス研究開発チーム 権藤洋一)

 

 

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