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(独)理化学研究所 筑波研究所 バイオリソースセンター

細胞リソース 2:人類の大陸移動
(常陽新聞連載「ふしぎを追って」)

 

今回は遺伝情報の解析に利用される培養細胞について解説します。

遺伝情報の解析には正常なゲノム(*1)構造の細胞株が必要で、代表例としてB細胞株が挙げられます。B細胞株は、血液中のBリンパ球(*2)に特殊なウイルスを感染させてつくります。では、遺伝情報を解析するとどんなことが分かるのでしょうか?

遺伝情報を解析すると、個人差や、人種、民族の違いを調べることができます。個人差を調べる研究はオーダーメード医療(*3)などに直結しています。人種や民族の違いを調べる人類遺伝学研究により、有史以前から続く人類の歴史を解き明かす手がかりが得られます。その人類遺伝学研究の一例をご紹介しましょう。

ヒトの祖先は600万年前にアフリカで誕生したと考えられています。我々の直接の祖先は約9万年前にアフリカを出発し、5万年をかけてユーラシア大陸全土とオセアニアに、約1万年前には南米大陸に到達しました。アフリカを出てから8万年、人類はどのような経路で世界中に広がったのでしょうか?

記録は残っておらず、もちろん飛行機や鉄道もありません。人類遺伝学の研究者は、遺伝情報を解析することで、その道筋をたどろうと考えました。

時間の経過とともにヒトのゲノムは少しずつ変化します。人種や民族の遺伝情報を比較し、違いが大きければ道がわかれてから長い時間が経過し、小さければ比較的最近(数千年単位で)部族が分かれたと判定します。この作業をつみかさねて、少しずつ移動経路を明らかにしていくのです。

解析を行うためには純粋な部族の人たちの細胞材料が必要ですが、彼らの居住地は、多くが交通の便が非常に悪い辺境の地です。

園田俊郎鹿児島大学名誉教授のグループはそういった集落を訪ね、30年近い歳月をかけて世界中の純粋な部族の血液検体を集めました(図参照)。これだけ多くの純粋部族のコレクションは世界的にも例がなく、「人類遺産」というにふさわしいものです。園田教授の退官時に、その貴重なバイオリソースは理研バイオリソースセンターに譲渡されました。

血液検体は量が限られており、研究に使用するとすぐになくなってしまいます。当センターはこの血液検体からB細胞株を樹立して、無限に増殖する細胞株をつくりつつ人類遺伝学研究を進めています。

「地球の歴史は地層に刻まれ、生物の歴史は染色体(ゲノム)に刻まれる」とは木原均(*4)の言葉です。


*1: ゲノム:染色体にふくまれるDNA 全体のこと
*2: Bリンパ球:白血球の一種
*3: オーダーメード医療:同じ病気であっても個々人で薬の効き方や治療法が異なる。個々人の個性に応じた治療を行うこと。
*4: 木原均(きはらひとし・1893〜1986):日本の遺伝学者。ゲノムの遷移や進化の過程を調査する手法を確立した。

図)多くの研究者に受け入れられている人類の移動経路と、園田・田島コレクション検体の採取地域および検体数。赤い矢印はアフリカを出発してからの人類の移動の軌跡を表し、黄色い点は血液検体を採取した主な地域を表している。四角の数字は採取検体数。

(細胞材料開発室 檀上稲穂)

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