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(独)理化学研究所 筑波研究所 バイオリソースセンター

変異マウス開発2:体作りの台本を読み解く
(常陽新聞連載「ふしぎを追って」)

「発生生物学」という言葉を知っていますか?
さまざまな生き物の体ができあがるしくみを理解する学問です。

発生のしくみは「劇」に例えられます。劇には多くの役者が出演し、登場→演技→退場を繰り返して劇を進行させます。生き物の発生という劇では、遺伝子が役者で、台本は父親と母親から受け継いだゲノム情報です。遺伝子(役者)がゲノム情報(台本)に従って必要な場面と場所で働く(演技する)ことによって、赤ちゃんの体作りという劇は正しく進行するのです。そして台本には、もちろん生まれた後の体の維持に重要なせりふも書かれています。

ただし、劇の台本と発生の台本には大きな違いがあります。発生の台本であるゲノム情報は、体作りの順番にあわせて整然と書かれているわけではありません。意味不明な文字が大多数で、せりふはばらばらに散らばっています。このようなことから、生き物の体ができあがる仕組みを理解するには、膨大なゲノム情報の中から発生という劇の台本を読み解く研究が必要になります。

私たちはマウスを対象に、発生の台本にあるゲノム情報の文字をわざと書き換えるという手法を用いて研究しています。N-エチルN-ニトロソウレア (ENU)という薬剤を投与したマウスは、台本にある約30億文字のうちの数千文字がランダムに書き換えられます。その結果、一部のマウスではさまざまな臓器の形が乱れたり、臓器そのものがなくなります。つまり、ENUによってゲノム情報(台本)が書き替えられた遺伝子(役者)は、その臓器を作り上げるために重要である、ということを知ることができ、発生の台本の一部を読み解いたことになります。

ヒトとマウスは見た目に大きく違いますが、ゲノム情報や発生のしくみはよく似ています。マウスの発生の台本を読み解いた成果は、ヒトの体作りの理解につながるのです。

私たちは、ゲノム情報のたった1文字の違いで生殖器の形が乱れたマウスに出会いました。それが原因で、そのオスもメスも子どもが産めない不妊となってしまいます。 不妊はヒトカップルの約1割が悩む社会的に大きな問題で、その原因はさまざまです。私たちが出会ったマウスはその原因の一つを示しています。生殖器を形づくる台本を読み解き、ヒトとマウスの類似性をもとに、不妊の治療に結びつく研究につなげられたらと思います。



図) 生殖器の形づくりの台本が1文字だけ書き替わった不妊マウスの例。

不妊マウスのオスでは、「精のう」が左右1対から2対に増えていますし、 メスでは開いているはずの膣がふさがっています。この形の違いが不妊の原因でした。
 本文にあるようにENUはマウスゲノム全体で数千文字をランダムに書き換えるので、どれが形作りを乱した原因なのか、このままではわかりません。しかし、その後の戻し交配という手法により、書き換わった文字をゲノム全体で1文字に減らしたため、決め手となった役者を知ることができました。

(新規変異マウス研究開発チーム  村田卓也)

 

 

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